B-40

大人になる、ということ

私は今40才。癖毛で量が多いので、今までの人生、かけるとしてももっぱら縮毛矯正だった。そんな私がウェーブをかけるのは滅多になかったが、その初めてのウェーブパーマをかけたのは大学入学式の前だった。

高校時代バスケ部だった私はまとまらないブカブカしたショートカットだった。できれば坊主にしたいと思うくらい、髪が邪魔だった。しかし引退して受験を乗り越え、晴れて大学の入学式にスーツで参加するということになったとき、私の中に色気が芽生えた。

スポンサーリンク


このままボサボサの髪を刈り上げるより、ふんわりパーマでイメチェンしたいな。なかなか伸ばすことのなかった髪が、肩下まで伸びてたことも私には飛び出すきっかけに思えた。

私はウェーブをかけることに決めた。しかし、中学時代は同級生の男子と横並びで、床屋で髪を切ってもらってたような人間。具体的なイメージも持たず、情報収集も勿論せず、どこでも「ふんわりパーマ」と注文すれば、可愛い感じに仕上げてくれると疑わなかったので、母親が「パーマがうまいのはここ」と教えてくれた近所の美容室に予約を入れ、母親同伴で入った。

大人気の「二つ」になる、ということ

「いやー、あの子がこんなに大きくなるなんてねえ」なんて、私は一ミリも記憶にないが、私のことを知っているらしい母と同世代の美容師さんが、私の髪を少し持ち、「こりゃかなりの剛毛だね。量も多い。上手にかかるかな」とつぶやいた。

私は人生初のウェーブパーマを成功させたくて、「華やかにしてください」とお願いした。美容師は母と楽しくおしゃべりしながら作業を始めた。熱すぎる頭にも、長い待ち時間にも、私には期待しかなかった。

出来上がった時、「はーい。華やかに明るくなりましたよ!」と言われて、鏡を見た。そこには丸顔の大泉洋がいた。前髪もくるくるしていて、全体的にものすごくスープがよくからみそうな、極太ちぢれ麺になっていた。母親は読んでいた女性誌を置くと爆笑して「いやー似合わないね!!」と一刀両断した。

私はそれを聞いて、この髪型が悪いのではなく、うまくかぶりこなせない?私の素地に非があるのだと思い、下を向き、文句も言えなかった。

すべて手に入れ、何も失っていないということ

入学式までの二、三日間、私はウェーブを伸ばすことに専念した。しかし、頭は剪定したての松みたいに大きくまとまった山のままで、私はその頭にスーツという、どうみても一癖ありそうな新入生として、門をくぐる羽目になった。

しかし、あまりに攻めてるその髪型が予想外に人を惹き付けるのか、入学式当日から話しかけられることが多かった。 私は話せば明るいが、見た目は地味なので、じわじわと交遊関係を広げるのが常だったが、「それ、地毛?」からどんどん人の繋がりができた。そのパーマは異常にもちもよく、髪型が落ち着くころには「くるくるパーマの変なやつ」がすっかりキャラ立ちしていた。

40才の今は髪にもくせや太さがなくなりつつあり、量は多めなものの、全体的に元気がない。当時悩みに悩んだ大失敗の髪型は、若いエネルギーと 未知への可能性に溢れていた気がする。あのパーマは私の人生を華やかなものにしたのかもしれなくて、そう考えればオーダー通りなのかもしれない。

かもしれない、ばかりの思い出話だが、確実なことは二つあり、一つはまだその美容室は健在ということ、もう一つは「二度と行かない」ということだ。

スポンサーリンク